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『看取ること』
このページでは、人の御臨終においての、私の役目について書きたいと思います。
私、平成15年4月より蘇原医院を開院しまして、仕事上、患者様の最後を御在宅(自宅)で看取らせて頂くことが多々あります。それは、後老衰の場合もあれば、御病気の場合もあり、いろいろです。しかしどの場合にも共通している事は、通院されている方であったり、顔見知りであったりで、元々お元気な時から、御本人の生き方に対するお考えを伺ってあるという点です。
おひとりの人間を看取るという事は、看取る側すなわち後に残る御家族にも、覚悟が必要です。人は必ず亡くなるものですが、しかし、長年一緒に生きてきた人がそろそろ最後の時を迎える時、冷静でいる事は難しいものです。そのような時には、やはり、かかりつけ医に相談されるのが一番の解決策となります。最初から達観している人はいませんので、患者様も、御家族の方も、医者も、常に相談しつつ一番良い形を探っていくというのが本当の所です。
さて、ここで私の、患者様の最後の時における仕事について、お話させて頂きたいと思います。仮定の話として、特に持病の無い御高齢の方が厳しい夏の暑さなどをきっかけに徐々に体力を消耗し、食事も細くなり、寝込んだ状況を想像してみて頂けますでしょうか。その御老人は、前々から、『逝くなら家の畳の上が良い。病院では嫌だねえ。』と言うのが口癖であり、御家族の方も『寿命であれば、出来る事なら家で看取ってあげたい』とのお考えだったとします。このような場合、近所のかかりつけ医である私は、頻回に往診をする事となります。のどの渇きを癒す砂糖湯のような意味合いの、ブドウ糖の注射などをしますが、徐々に体力は低下。そして、その時はいつも急にやって来るのです。
私が、家で夕食を摂り一息など入れておりますと、御家族より容態変化の電話。ナースに電話をして、そそくさと家を出ます。患者様の自宅にナースと共に到着した後、まずは診察です。御老衰や御病気などにより、どうしても御臨終が避けられない状態であるならば、次に御家族の方と御相談する事となります。お元気な時の御本人の御意見として、避けられない死に対する延命治療を御希望されていない場合、そして御家族がその判断に御納得されている場合は、患者様の抱える苦痛のみを取って、見守る事となります。ついにその時がやって来た時には、心停止・呼吸停止・瞳孔散大を確認して、死亡確認です。まず患者様に合掌して一礼、次いで御家族にお悔やみと病状説明をします。御家族の方には、落ち着いて地域の組合班長さんに電話して頂き、御希望の葬儀屋さんに連絡して頂きます。次いで、私とナースとで、ぬるま湯で絞ったタオルで御遺体のお体を拭く清拭(せいしき)を行ない、御家族の方の意向に沿ったお着替えもします。この時は靴下を裏返しにして履かせる風習の集落もありますし、寒がりの方であった場合はモモヒキや腹巻きを付ける時もありますし、仕事一筋だった方の場合は洋服(スーツ)を着る場合もあります。要は、一番本人らしい格好をするという事です。次に、髭(ひげ)や顔のウブ毛を剃って、ほお紅や口紅などで薄化粧をします。手が固まってしまっては後で困るので、御遺体の両手で合掌を作り、ガーゼで押さえます。シーツや布団をきれいな物に交換して、家の風習によっては胸元にハサミ等を置き、お顔に白い布をかけて終わります。私もナースも、もう一度合掌です。
このような、人を看取る事も、私の大切な医療活動の一つです。私は、地元においての私のこの役割を誇りに思いますし、非常に重く受け止めております。今回は、私の仕事の一つを紹介させて頂きました。
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